東京地方裁判所 平成8年(ワ)20710号 判決 1997年12月19日
原告(甲事件)
森ビル株式会社
右代表者代表取締役
森稔
原告(甲事件)
佐々木興業株式会社
右代表者代表取締役
佐々木良一
原告(甲事件)
畠平幸作
外八名
右一一名訴訟代理人弁護士
高木一嘉
甲事件原告
秀島知美
右訴訟代理人弁護士
檜山玲子
被告(甲事件及び乙事件)
秀吉弘章
右訴訟代理人弁護士
深山雅也
同
錦織淳
同
山内久光
右深山訴訟復代理人弁護士
園部裕治
主文
一 被告は、原告森ビル株式会社に対し、金二八三四万一四〇四円を支払え。
二 被告は、原告佐々木興業株式会社に対し、金一八五六万四三八一円を支払え。
三 被告は、原告畠平幸作に対し、金二一八〇万五四七七円を支払え。
四 被告は、原告下田省吾に対し、金一四七二万六〇二五円を支払え。
五 被告は、原告平本安孝に対し、金三〇一九万八七七〇円を支払え。
六 被告は、原告大井自動車興業株式会社に対し、金二八一七万八八二九円を支払え。
七 被告は、原告李時雨に対し、金一二五四万円を支払え。
八 被告は、原告綾部賢治に対し、金五七四万四三八〇円を支払え。
九 被告は、原告伊東勝子に対し、金二〇一万三六六〇円を支払え。
一〇 被告は、原告山田陽也に対し、金一八三八万二〇五二円を支払え。
一一 被告は、原告尾崎好明に対し、金六一五四万四〇九〇円を支払え。
一二 被告は、原告秀島知美に対し、金二億五五一〇万二七八六円及び金四億三六六三万三八二五円に対する平成八年一一月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
一三 原告秀島知美のその余の請求を棄却する。
一四 訴訟費用は被告の負担とする。
一五 この判決は、原告ら勝訴部分に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 請求
主文第一二項の遅延損害金の起算日を「平成七年一〇月二七日から」とするほかは、主文第一項ないし第一二項と同じ。
第二 事案の概要
本件は、亡中村源造弁護士の債権者らが、債権者代位権に基づき、中村弁護士の被告に対する弁護士報酬債権を行使すると同時に、同弁護士の相続人が、相続により取得した右報酬債権を行使し、被告に対し、総額四億九七一四万〇七五四円の弁護士報酬の支払を求めた事案である。
一 前提事実(認定した事実には証拠を掲げる)
1 原告秀島知美を除く各原告は、弁護士である中村源造(以下「中村弁護士」という)に対し、別紙請求債権目録記載の各債権を有していた(ただし、原告尾崎好明については、中村弁護士に対する債権をその死後譲渡を受けたことにより取得した債権を含む。)(甲一ないし一〇三号証の二、弁論の全趣旨)。
2 中村弁護士は、平成七年四月七日に死亡した。
3 中村弁護士は、被告の経営する秀吉商事株式会社(以下「秀吉商事」という)の顧問弁護士であり、別紙秀吉弘章様依頼事件一覧表(以下「事件一覧表」という)記載のとおり、秀吉商事及び被告個人が当事者となった訴訟事件について受任し、事件処理に当たっていた。
4 原告らは、中村弁護士が被告に対し、後記のとおり五億円の弁護士報酬債権(以下「本件報酬債権」という)を取得したと主張している。
5 中村弁護士の相続人は、配偶者の中村靜子、子である中村理及び原告秀島知美(以下「原告秀島」という)の三名であるが(甲一一二号証の二ないし五)、中村理は平成七年一一月三〇日に中村弁護士の相続を放棄し(甲一一三号証)、続いて平成八年八月八日に中村靜子が死亡したため(甲一一四号証の三)、同年一〇月七日、中村靜子の相続人である中村理と中村弁護士及び靜子両名の相続人である原告秀島との間で、中村弁護士の被告に対する本件報酬債権の残額四億九七一四万〇七五四円について、中村理が六〇五〇万六九二九円、原告秀島が四億三六六三万三八二五円を相続するとの分割協議が成立した(甲一一五号証、弁論の全趣旨)。
また、中村理及び原告秀島は、中村弁護士が原告秀島を除く各原告に対して負っていた別紙請求債権目録記載のとおりの各債務について、法定相続分の割合(中村理が四分の一、原告秀島が四分の三)にしたがって相続した(甲一一二号証の二ないし五、甲一一四号証の三、弁論の全趣旨)。
6 中村理及び原告秀島には、本件報酬債権以外に見るべき財産はなく、無資力の状態にある(甲一一六号証の一、二、甲一一七、甲一一八号証)。
7 原告秀島を除く各原告は、中村理及び原告秀島に対する別紙請求債権目録記載のとおりの各債務を保全するため、右両名の有する4記載の弁護士報酬債権を同目録記載の金額に達するまで請求し、原告秀島は、債権者である各原告が行使しない右報酬債権の残額を請求している。
二 当事者の主権
1 原告らの主張
(一) 中村弁護士及び中村弁護士事務所の勤務弁護士であった檜山玲子弁護士(以下「檜山弁護士」という)は、昭和五四年、被告から事件一覧表の事件番号2の事件(以下「本件事件」という)を受任した。本件事件は、被告の姉である秀吉慶子(以下「慶子」という)が、被告に対し、被告名義となっていた別紙物件目録一ないし四記載の土地(以下「本件土地」という)につき、自分の固有財産であると主張して所有権移転登記手続を求めた事件である。なお、慶子は、本件事件を本案として本件土地について処分禁止の仮処分を申し立て(事件一覧表の事件番号4の事件)、保証金として七五〇〇万円(以下「七五〇〇万円の保証金」という)を供託していた。
(二) 昭和五九年一〇月二九日、本件事件について被告勝訴の一審判決が出されたが、そのころ、中村弁護士及び被告との間で、本件事件の弁護士報酬金を本件土地の時価の五パーセントとする合意がなされた。その後、平成二年四月二〇日、本件事件について最高裁判所において被告勝訴の判決が言い渡され、右判決は確定した。右判決確定後の同年五月ないし八月ころ、被告は、中村弁護士に対し、従前は右のとおり本件土地の時価の五パーセントとされていた本件事件の弁護士報酬について、本件事件及び事件一覧表の事件番号8及び11の事件(本件土地上の建物明渡請求事件)の弁護士報酬の総額として、五億円として欲しい旨申し入れ、その支払時期及び方法として、以下のとおり(1)ないし(3)の提案をしたところ、中村弁護士は、これを承諾し、その結果、五億円の本件報酬債権を取得した。
(1) 被告は、慶子を相手方として、本件事件について被告が中村弁護士に対して支払った弁護士費用を損害として損害賠償請求訴訟を提起し、慶子が供託していた七五〇〇万円の保証金につき、被告がその勝訴判決に基づいて担保権者として還付を受け、右金額を五億円の一部として中村弁護士に取得させる。
(2) 被告が共有持分を有している別紙物件目録五及び六記載の土地建物を売却したときに五億円の一部を支払う。
(3) 本件土地を売却した際に五億円の残金を支払う。
その際、被告は、被告の右提案を記載したメモ(以下「本件メモ」という)を作成したので、中村弁護士はそのコピー(甲一二三号証)を被告から受領し、檜山弁護士や中村弁護士事務所の事務長である原告尾崎好明に見せた上、事務所に保管していた。
(三) 被告は、中村弁護士事務所から帰宅後、本件メモをB五判の紙にとめ、これに「平成二年八月三〇日」との日付及び「中村弁護士九億円申出」と記載し、さらに、本件メモの中の「五億」という記載に続けて「を総額とする」と加筆し、弁護士報酬金額が五億円であることを自ら強調した上で、本件メモをファイルに収めて保存していた。
(四) 中村弁護士は、被告の代理人として、慶子を相手方として事件番号4の仮処分申請が違法であったことを理由に損害賠償訴訟を提起したが、(事件一覧表の事件番号16の事件)、右訴訟は、被告が中村弁護士及び檜山弁護士に対して「慶子が被告に違法な裁判を仕掛けてきて敗訴が確定したのであるから、当然多額の損害賠償請求ができるはずである。」と執拗に言い張って、七五〇〇万円の保証金から支払を受けるために提起したものであった。
その後、右訴訟は、平成六年一月三一日、東京高等裁判所において、慶子に対し、二五〇万円及び遅延損害金の支払を命じる判決が出され、右判決は後日確定した。中村弁護士は、被告の代理人として、慶子が供託していた七五〇〇万円の保証金の中から、右判決の認容額である二八五万九二四六円(遅延損害金を含めたもの)の還付を受け、右金員を本件報酬債権の一部として受領した。これにより、本件報酬債権の残額は、四億九七一四万〇七五四円となった。
(五) 本件報酬債権の弁済期は、前記のとおり、本件土地が売却されたときとされているが、当事者の合理的な意思解釈としては、本件土地を売却するために必要とされる相当な期間が経過したときと解されるべきである。そして、右の相当な期間とは、本件土地の占有者から明渡しを得た平成六年一〇月二六日を起算日として一年程度と解されるから、本件報酬債権の弁済期は平成七年一〇月二六日であるというべきである。
2 被告の主張
(一) 本件事件受任の際、中村弁護士と被告との間で本件事件の終了時に別途何らかの金額の支払を協議して定めるとの合意があったこと、本件事件及び事件4の内容、慶子が七五〇〇万円の保証金を供託していた事実は認める。
(二) 昭和五九年当時、被告が中村弁護士との間で本件事件の弁護士報酬を本件土地の時価の五パーセントと合意した事実はない。日本弁護士連合会の定める昭和五九年当時の報酬等基準規程によれば、訴訟事件における報酬金の算定料率は、経済的利益の価額が一億円を超え一〇億円以下の場合は三パーセント、一〇億円を超える部分については二パーセントと定められているが、昭和五九年当時の本件土地の公示価額は一九億円程度であり、右時価の五パーセントとの合意は報酬基準を大幅に超えた高額の報酬合意ということになるが、本件事件においてそのような高額の報酬を支払うべき特段の事情は存在しないから、右合意がなされたことはあり得ない。
(三) 五パーセントの報酬合意が存在しない以上、右合意を前提として被告から申し出たとされている五億円の報酬金の支払合意も存在するはずがない。
本件事件の弁護士報酬については、中村弁護士の強い希望により、被告が、慶子に対して損害賠償訴訟を提起することにより取得すべき七五〇〇万円の保証金に対する還付請求権を中村弁護士に譲渡することをもって、右支払に充てることを承諾したものであり、中村弁護士は前記のとおり二八五万九二四六円の還付を受けているから支払済みである。
(四) 被告は、中村弁護士事務所において、原告ら主張の記載のある本件メモを作成し、中村弁護士の依頼に応じてそのコピーを中村弁護士に交付したことはある。しかし、本件メモの作成経緯は以下のとおりであって、被告が本件メモによって本件報酬債権の支払を約したことはない。
(1) 平成二年八月三〇日、被告が中村弁護士に対する貸付金七五〇万円の利息金を受領するため中村弁護士事務所を訪れた際、中村弁護士から被告に対し、将来本件土地を売却できるときが来たら、被告関係の現在係属中の訴訟事件と今後発生するかもしれない事件すべての弁護士報酬及び土地売却の仲介手数料として九億円を支払って欲しい、自分はこの金員を資金にして事務所を閉鎖して引退したいとの申出がされた。被告は、その場で右申出を断ったところ、中村弁護士はそれ以上の申入れをすることはなかった。
(2) その後、中村弁護士と被告との雑談の中で、被告が中村弁護士に対し、当時三〇〇億円ともいわれていた本件土地の時価がどこまで上昇するか尋ねたところ、中村弁護士は五〇〇億円まで上昇するだろうと答えた。
その際、被告は、もし将来本件土地が中村弁護士の仲介により五〇〇億円で売却できたら、すべての事件の弁護士報酬及び仲介手数料として、その一パーセント(五億円)くらいの支払を考えてもよいが、七五〇〇万円の保証金によって担保されている損害賠償請求権については被告が終局的に取得し、中村弁護士に譲渡しないこと、被告が、中村弁護士に貸し付けている七五〇万円については弁護士報酬の支払時に返済してもらう旨発言し、右発言内容を、持参していた金利計算書の裏面に記載した。これが本件メモである。その際、被告は、中村弁護士から依頼され、被告の作成した本件メモのコピーを中村弁護士に交付した。
(3) 右のとおり、被告が七五〇〇万円の保証金によって担保されている損害賠償請求権について被告が取得することを明言し、本件メモにもこれを記載したのは、従前から中村弁護士に右損害賠償請求権を弁護士報酬の代わりに譲渡して欲しいと再三要求を受け、それを断っていた経緯があったことから、弁護士報酬に右損害賠償債権を上乗せする趣旨ではないことを明らかにするためであった。
(4) 以上の経緯のとおり、被告は、本件土地が五〇〇億円で売却できることを前提として、五億円の報酬支払を考えてもよいとの雑談の内容を書き留めるために、自己の手控えとして本件メモを作成したに過ぎない。
本件メモは、被告が持参した金利計算書の裏面に走り書きで書かれ、被告以外の第三者には分からないようないい加減なものであり、本件メモをもって五億円の報酬の支払合意を裏付けるものとは到底いえない。
(五) 被告は、本件メモを作成した平成二年八月三〇日以降も、中村弁護士に事件を依頼しているが、事件一覧表の事件番号18の事件については、委任の際に中村弁護士に対して弁護士報酬として三六〇万五〇〇〇円を支払っており、また、中村弁護士に対して本件土地及び本件土地上の建物明渡の強制執行を依頼したところ、弁護士費用(着手金及び報酬金を含む)として二七九八万円の請求を受けたこともある(ただし、被告は、右執行手続については中村弁護士に依頼しなかった)。
右の各事件のいずれの時点でも本件土地は未だ売却されていなかったのであるから、仮に原告らの主張するように五億円の報酬請求について既に合意されているというのであれば、右五億円の支払に先行させて被告が報酬の支払を請求され、その支払を行うことはあり得ないはずである。
また、本件土地をめぐる一連の事件の報酬として定められたはずの五億円の報酬に、強制執行手続の弁護士報酬が含まれずに別途請求されるということも不合理であり、原告らの主張には矛盾がある。
(六) 原告らは、当初、本件事件については着手金の受領の事実を主張していなかったが、被告が中村弁護士に対して二〇〇万円、檜山弁護士に対して八〇万円の着手金の支払をしていることを指摘したところ、右事実を認めた。
また、原告らは、本件の訴状では、本件土地の時価の五パーセントの報酬合意成立時期について、本件事件受任の際であると主張していたが、その後本件事件の一審判決が出された昭和五九年ころの合意であると変更した。さらに、原告らは、本件の訴状では、弁護士報酬について五億円の合意がされたのは平成二年五月ころと主張していたが、被告が本件メモを同年八月三〇日に作成したことを指摘したところ、右主張を事実上撤回し、合意がされた時点を同年五月ころから八月ころにかけてと修正した。
このように原告らの主張は、被告からの事実の指摘にあわせて不自然な変遷を繰り返しており、原告らに都合のいいように真実を曲げた主張をしているというほかない。
3 争点
中村弁護士と被告との間で五億円の弁護士報酬の支払が合意されたか。
第三 当裁判所の判断
一 五億円の報酬合意について
1 中村弁護士及び檜山弁護士が本件事件を受任した際に、被告から中村弁護士に対して二〇〇万円、檜山弁護士に対して八〇万円が支払われたことは当事者間に争いがないが、証拠(甲一一九、一四六、一五五号証、乙七号証、証人檜山弁護士)によれば、右金員は本件事件の着手金であり、弁護士報酬は事件終了時に別途協議することとされていたことが認められる。
なお、被告本人は、本件事件が勝訴に終わった場合には、中村弁護士に対してお礼をすることを考えている旨話したことはあったが、弁護士報酬としての金員を支払うつもりはなかった旨供述し、本件事件の受任時に支払った合計二八〇万円をもって弁護士報酬も支払済みとの認識であったかのような供述をする。しかし、被告の供述によれば、被告は弁護士費用には着手金及び報酬金の二つの種類があることを当時から理解しており、かつ、被告が作成したことに争いのない甲一一九号証においては、被告と中村弁護士との了解事項として「成功報酬はその時点で話合い」との記載があることに照らすと、右供述は信用できない。
2 そこで、その際、弁護士報酬について五億円の支払合意が成立したかどうかについて検討する。
右弁護士報酬の支払合意については、直接証拠として本件メモが存在する。
本件メモは、中村弁護士の面前で被告自身が作成し、中村弁護士がそのコピーを所持するものであること、被告は、帰宅後、乙二号証別紙一五のとおり本件メモに日付及び「中村弁護士九億円申出」という表題を記載し、本件メモの中の「五億」という記載に続けて「を総額とする」と加筆した上、自宅のファイルに保管していたことは、被告の陳述書(乙二号証)から明らかであり、本件メモの作成時の記載内容は以下のとおりである。
「①白金、銀座、相続、全部に対して金幾らと決める
②五億
③七五〇〇万は秀吉
④最後に七五〇万清算
⑤五億の支払
1) 七五〇〇万取れたとき同額
2) 銀座売却の時一部 商事、個人のバランスは考慮して
3) 白金売却の時残額清算
右のような本件メモの内容及びその他の証拠(甲一四四ないし一四六、一五五号証、証人檜山弁護士、被告本人)によれば、
(一) 中村弁護士は、本件事件を受任した後、檜山弁護士及び中村弁護士事務所の事務職員に対して、被告との間で本件事件の弁護士報酬を本件土地の時価の五パーセントとする合意がある旨を口にし、中村弁護士事務所内においては、右報酬合意の存在がしばしば話題にされていたこと
(二) 最高裁判所の判決により本件事件が被告勝訴で確定した後である平成二年八月三〇日、被告が中村弁護士事務所に赴いた際、中村弁護士から、本件事件を含め当時受任していたすべての事件及び将来受任することを予想されていた事件(事件一覧表の事件番号1ないし16の事件)の弁護士報酬(着手金未受領の事件については着手金を含む)として九億円を要求されたこと、被告は、これを断り、その対案として、右各事件の弁護士報酬として総額五億円の支払を申し出るとともに(本件メモの①②部分)、その際被告は、七五〇〇万円の保証金から支払を受けるための損害賠償請求訴訟を中村弁護士を代理人として提起することを前提に、右保証金からの還付金については被告が取得し、五億円に上乗せするものではないこと(本件メモの③部分)、及び五億円の弁護士報酬金完済したときに、中村弁護士が報告から借り入れていた七五〇万円を返済して清算すること(本件メモの④部分)を確認し、五億円の支払方法として、被告が慶子に対して提起する損害賠償訴訟において認容され、七五〇〇万円の保証金から還付を受けた額を五億円の内入れ弁済として中村弁護士に受領させること(本件メモの⑤1)分)、銀座にある秀吉商事の土地建物を売却したときに、秀吉商事と被告本人との弁済のバランスを考慮の上、五億円の一部を支払うこと(本件メモの⑤2)部分)、及び本件土地が売却されたときに五億円の残額を支払うこと(本件メモの⑤3)部分)を提示し、中村弁護士が被告の右のような対案を承諾したこと
が認められる。
右認定事実によれば、中村弁護士と被告は、事件一覧表記載の事件番号1から16の事件の弁護士報酬(着手金未受領の事件については着手金を含む)の総額として五億円の支払を合意したものというべきである。
3 右認定に反する被告の供述等の信用性について
(一) 被告は、中村弁護士は被告に対し九億円の弁護士報酬を支払うよう求めたが、被告がこれを拒絶すると、以後何らの申出もなかったこと、本件メモはその後の雑談の過程で、被告が持参した金利計算書の裏に被告が走り書きのように記載して作成したものであって、報酬合意を記載した文書とはいえないこと、五億円という額は右雑談の過程で例として出されたものに過ぎず確定的な金額ではなかった旨供述する。しかしながら、被告がその後自宅において、本件メモに日付及び「中村弁護士九億円申出」と加筆し、「五億」の記載に続けて「を総額とする」と書き加えた上で、これをファイルに保管していたことは前記のとおりであり、右事実からすれば、被告は、中村弁護士が九億円の弁護士報酬の支払を申し出たことに対する対案として、自ら五億円の弁護士報酬支払を提案し、中村弁護士が右提案を承諾したことから、右提案の覚書として提案内容を本件メモに記載したもので、「五億」に続けて「を総額とする」と加筆したのは、弁護士報酬の額を明確にする趣旨であったと考えるのが自然であるというべきであり、これに反する被告本人の右供述部分は信用できない。
(二) 被告は、被告が提示した五億円という金額は弁護士報酬のみならず、本件土地売買の仲介手数料を含んだ額であると供述するが、本件メモにおいては、「①白金、銀座、相続、全部に対して金幾らと決める」という記載に続いて「②五億」という記載になっていることからすれば、弁護士報酬として五億円と記載したものと解するのが合理的であるし、本件メモの他の部分にも仲介手数料を含む趣旨であることを窺わせる記載はない上、証人檜山弁護士の証言によれば、同弁護士が、中村弁護士死亡後に被告と本件報酬債権について協議した際も、被告が五億円について本件土地売却の仲介手数料を含む趣旨であったとの指摘をしていないことが認められ、以上の事実に照らし、被告本人の右供述部分は信用できない。
(三) また、被告は、本件メモの作成以降も、中村弁護士から弁護士報酬の請求を受け、一部支払った事実もあることをもって、五億円の弁護士報酬の合意と矛盾すると主張するが、本件メモによれば、五億円の弁護士報酬の対象となる事件は「①白金、銀座、相続」であることが明記されており、檜山弁護士の証言によれば「①白金、銀座、相続」とは事件一覧表の事件番号1から16までを指すものと認められるから、それ以降に発生した事件について、被告が中村弁護士から別途弁護士報酬の請求を受けることがあっても、五億円の弁護士報酬合意を否定できるほどの矛盾とはいえず、右の弁護士報酬一部支払の事実があるからといって、右認定を覆すに足りない。
(四) さらに、被告は、原告らの主張の変遷を指摘し、右変遷は原告らの主張の虚偽性を示すものであると主張するが、本件事件の着手金については、原告らが訴状ではその点について触れなかったものを準備書面で積極的に認めたというに過ぎず変遷とはいえない。また、他に被告が主張の変遷であると指摘する点については、檜山弁護士及び原告尾崎好明の記憶によって五パーセントの報酬合意時期を主張したところ、後に中村弁護士事務所において甲一一九号証のメモを発見したため訴訟提起後に右合意成立時期の主張を訂正することになったこと等、証人檜山弁護士の証言において一応の説明がされており、右説明に反する証拠もないから、右主張事実をもってしても前記五億円の弁護士報酬の支払合意の成立の認定について特段の疑問が生じるとはいえない。
二 被告の抗弁について
1 被告は、五億円の弁護士報酬の支払は、本件土地が五〇〇億円で売却されることを条件としていたと主張し、その旨供述するが、被告本人が本件メモを自発的に作成したものであるにもかかわらず本件メモにはそのような記載が一切なく、帰宅後、本件メモに「中村弁護士九億円申出」と加筆した際にもその点については何ら記載しなかったことに照らし、採用できない。
2 被告は、本件事件についての弁護士報酬は、事件番号16の判決によって被告が取得した七五〇〇万円の保証金に対する還付請求権を中村弁護士に譲渡したことによりすべて履行済みと主張するが、右主張は、本件メモにおいて「⑤五億の支払1) 七五〇〇万円取れたとき同額」として七五〇〇万円の保証金から還付を受けた金額が五億円の内入れ弁済である趣旨が明確にされていることと明らかに矛盾し、そのまま採用することはできない上、その他に被告と中村弁護士との間で本件事件等の弁護士報酬を右保証金からの還付金のみとする合意があったことを窺わせる証拠はなく、さらに、檜山弁護士の証言によれば、事件一覧表の事件番号11の事件について、中村弁護士及び檜山弁護士が被告との間で右事件の和解の可能性を検討した際、被告が、立退料を支払って和解をするのであれば、五億円の本件報酬債権から右立退料を差し引くという趣旨の発言をしていることが認められ、これらの事情に照らせば、被告の右主張は採用できない。
三 以上のとおりであるから、五億円の本件報酬債権の成立が認められるところ、中村弁護士は、その後に、七五〇〇万円の保証金の中から二八五万九二四六円の還付を受けたことは前記のとおりであるから、結局、被告は、中村弁護士の相続人及び債権者である原告らに対し、五億円から右既払金を差し引いた残額四億九七一四万〇七五四円及びこれに対する弁済期が経過した日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。
そして、五億円の本件報酬債権の弁済期は、前記認定のとおり、本件土地が売却された時と合意されていたところ、証拠(甲一五二号証、被告本人)及び弁論の全趣旨によれば、被告は、平成八年一一月一五日、本件土地を四二億七〇〇〇万円で売却していることが認められるから、右売却時をもって弁済期が到来し、同日の経過をもって被告は遅滞に陥ったものというべきである。なお、原告らは、五億円の弁護士報酬の弁済期を本件土地を売却した時とする合意は売却のために必要とされる相当な期間が経過したときであると解すべきであると主張し、一年間の経過で弁済期が到来したと主張するが、本件において右現実の売却時までに弁済期が到来していたと解すべき特段の事情は認められないので、右主張は採用できない。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官相良朋紀 裁判官安浪亮介 裁判官新谷祐子)
別紙請求債権目録<省略>
別紙物件目録<省略>
別紙弘章様依頼事件一覧表<省略>